第ニ話
基本的に回収された遺体は、一箇所に集められて、身元を確認してから家族の元に返さ
れる。 基地内で事件に巻き込まれたのならば、その限りではないだろうと思ったが、一応
遺体安置所に行ってみる事にした。遺体安置所はバスケットのコートが二面は取れそうな
広さのプレハブの建物だったが、そこに並べられたボディバックは意外なほど少なかった。
死者は多いが、遺体は返ってこないのだ。
「おいっ、吐くんだったら、外で吐いて来いっ。」
突如とんだ怒鳴り声は、自分に向けられたのかと思ったが、どうやらフィッシャーの右
前方で作業をしている兵士に向けられたものらしかった。口元を押さえながら建物から走
り出ていく、その兵士のプラチナブロンドが印象に残った。
「大変ですね。」
フィッシャーは、監督らしいさっき怒鳴り声を上げた兵士に声をかけた。
「記者さんかい。あんたは平気なのか。」
出て行けといわれるかと思ったが、案に相違して友好的に返事が返ってきた。
「最初に行った現場で、思いっきり吐いていらい平気ですよ。」
「ああ、なるほど。で、なんの用だい?死体の写真を撮りに来たわけじゃなさそうだが。」
「今朝でた殺人事件の被害者を見に来たんです。」
現場監督はちょっと顔を歪めた。
「悪趣味だな。」
「そうですか。」
「殺された奴は、さすがの俺も見たくないな。」
遺体安置所の監督にしては、矛盾した事を彼は言った。だがなにか、納得の行くものを
フィッシャーは感じた。 ここにある遺体と、殺された遺体は違うのだろう。
結局、捜していた遺体はここになかった。
一歩、遺体安置所の外へでると、蒸し暑さが押し寄せてきた。太陽はかなり高く上り昼
近いことを示している。
殴打による脳挫傷。それが、プレスに発表された兵士の死因だった。珍しい話ではない。
とフィッシャーは思ったが、考え直した。“殴打”ということは、被害者のすぐ前に殺人者
がいたことになる。ここにある遺体のどれだけが、直接自分を殺した相手を目の前に見た
だろうか。
「人間が、人間を殺せるのか?馬鹿みたいな質問ですね。」
ジョシュア・キーツにインタビューした時、このヒスパニックの青年はそう言った。
ジョシュア・キーツは、ラテン系の彫りの深い顔立ちと、薄い青い瞳の色が印象的だっ
た。特に薄い色の眼は、この世に起こる全てのことを見ているように見えた。カーミット
に比べると華奢な印象があったが、それは彼が大学を出ているという先入観によるものか
もしれない。彼は仲間内では、ジョシュアの本来の愛称ではないジェシーという呼び方で
呼ばれていた。
「貴方は、戦場ジャーナリストでしょう。ここは人殺しの場ですよ。」
自嘲するように彼は続けた。
「本当に?君は、相手を人間だと認識して銃を撃っているのか?」
フィッシャーがそう聞くと、キーツは眉をしかめて見せた。
「まったく普通の愛国心に燃える青年は人殺しをしないとでも? そんなだったら、世の中
から犯罪の半分はなくなりますね。」
憎憎しげにキーツは言って見せた後で、
「失礼。なんだか貴方と話していると調子が狂う。 いつもはもう少し礼儀をわきまえてい
るんですが。」
と言って一息ついた。
「そうですね、ここにいる人間のほとんどが人を殺していると考えていないと思いますよ。
人殺しが楽しいと言う人も世の中にはいるようですけども。本当に楽しいのでしょうか。
そういう人たちのどれだけが相手のことを人間としてみているのでしょうか。」
「相手のことを熟知した上で殺すようなシリアルキラーもいるけどね。」
「確かにそうですが。ここでは、相手のことを知っている暇はありません。」
「そうすると、この間の殺人はまったく別のカテゴリーに属するわけだ。」
「そうでしょう。何故そんなことを聞くのですか?」
「花がね。」
「花?」
キーツは怪訝な顔をした。
「白い花が撒いてあったんだ。遺体に。」
「手向けですか?」
「どうしてそう思う?花は蘭だった。街で売っているものだ。 娼婦に贈るのに兵士がよく
買うそうだ。殺された兵士が持っていても不思議じゃない。」
キーツは嫌そうに目を細めて見せた。彼は娼婦に花を贈るのが嫌なのかもしれない。
「じゃ、そうなんでしょう。遺体に花が撒いてあったなんて言い方をしたら、 誰だって手
向けだと思いますよ。」
「そうか。だがカーミットは直接見た上で、手向けだと言ったけど?」
「彼はカソリックだから、じゃないですか。」
「それは、初耳だ。神を信じている?」
初耳だったが、意外な話ではなかった。
「根っこの部分じゃそうでしょう。本当はこんな所にいるような人間じゃないと思います
よ。」
おそらく、カーミットはろくに他の世界を知らずに戦場にきたのだということは、フィ
ッシャーにも予想がついた。
「レイは、そんなミックを守っていたのかもしれない。」
「レイ?」
「カーミットが拾ってきた子供ですよ。もっとも俺が入隊した時には既にいたんで、俺よ
り先輩ですけどね。」
レイ・カーミットと公式記録には名前が残っている。カーミットがこの6年前に焼け跡
から拾ってきた子供だということだった。身寄りが無く、赤十字に預けられるはずが何故
かカーミットから離れず、そのまま軍属になった。拾った時10歳前後だったというから、
連邦法によると軍人にはなれない。だが、抜け道はある。なんでも子供にはいろいろと使
い道があるそうだ。実際、カーミットも10歳ころから軍隊にいたらしい。
「守っていたというのは、語弊があるかもしれませんが。彼は、なんと言ったらいいのか
な、陳腐だけど、救いだったんでしょう。」
「前の戦闘でなくなったの?」
「はい。」
キーツはよどみなく答えた。そのよどみの無さにフィッシャーは違和感を覚えた。まる
で、自分以外の誰かが体験したことを語っているような、その子供が死んだことを信じて
いないような感じだ。
「君はよくカーミットを知っているね。もし、君がどうしてもカーミットを許せないこと
があったら、君はカーミットを殺せる?」
キーツに嫌われるだろうと思いつつ、フィッシャーはそう聞いてみた。キーツの薄い色
の瞳が生命の無いもののように見えた。
「…、殺せませんね。」
そう答えたキーツの顔は、どこか笑っているようだった。
この知的な青年が、当時既に心理学の学位を取っていたと言うのは後から聞いた話だ。
続く