第四話
殺人の犯人はあっさり見つかった。勢いでおこった殺人なので、目撃者がいたのだ。
「自首した方がよかったかもしれない。刑期が短くなる。」
カーミットの意見はそうだった。
「もっとも、軍刑務所に入っても恩赦ですぐに出てくるでしょうね。人手不足だから。そ
れで前線送りですよ。」
「花は結局、娼婦に持っていくものであっていたらしい。」
プレス向けの発表では、花については言及されなかった。気をとめる必要は無かったの
だろう。だが、フィッシャーは広報官に食らいついて、花について聞いてきた。
「恋人に贈るように、娼婦に花を贈るのか。みんな日常に飢えているのかな。」
「軍曹は、花を贈らないのか?」
カーミットは困ったような顔をした。
「娼婦に?花なんて持っていても、相手にしてもらえませんよ。」
「彼女たちの方がしたたかかな。」
カーミットは苦笑した。
「そうですね。」
フィッシャーはカーミットに聞きたかったことを思い出した。最初に抱いた疑問だ。
「…君は誰に花を手向けたかったんだ?」
殺人事件は、単独では記事にならなかった。地元の新聞社か記事にするのならともかく、
本国で彼が契約している雑誌には合わないものだったからだ。兵士たちの日常や、戦況、
地元民の生活等のルポの何本かが雑誌に載った。娼婦に花を贈る話も日常に飢えていると
いうカーミットの言葉と共に書いた。
「昇進したんだって?おめでとう。」
カーミットが曹長になったのは、犯人がわかってから1週間もたたないころだった。
「めでたくはないですよ。人手がないんで、高い階級と引き換えに困難な仕事をさせよう
という魂胆がみえみえですから。」
カーミットは本気でそう思っているらしい。
実際そうだったのだろう。その後すぐにカーミットは22歳で少尉になった。士官学校を
出ていないたたき上げとしては、異例の抜擢に見える。そして、ほぼ全滅覚悟の無茶な作
戦を見事遂行して見せた。その時、彼は一人も戦死者を出さずに全員連れ帰ったそうだ。
その時の隊員たちの名前は、ゲリラたちの復讐を避けるため明らかにされていない。これ
は慣習で珍しくはない。カーミットの名前も公式には明示されていない。フィッシャーが
独力で調べたところ、名前が見つかったのだ。副官にキーツいたが、シキベは部隊にいな
かった。シキベは、その作戦の少し前にケガをして配置換えになっていた。その戦闘を最
後に、その地域での戦争は終わった。世界を見渡せば、戦争はたくさん起こっているが、
一応の平穏は来たのだ。
そして、カーミットは軍を辞めた。キーツも辞めた。もっともキーツは最後の戦闘で、
左足をダメにしてしまったため、どのみち除隊になっていただろう。キーツには最近会っ
た。彼は現在、翻訳の仕事をしているため、縁があったのだ。
「ずいぶんと使える言語が多いんだね。」
「趣味の一種なんですよ。」
「ミスター・カーミットや、ミスター・シキベは元気?」
「元気ですよ。ミック…、カーミットは、近所にすんでいます。アキラは、ベネズエラで
すよ。まだ彼は軍にいるらしいです。」
そんなに長く話す時間はなかった。私的なことを話したのはこれだけだった。
「君は誰に花を手向けたかったんだ?」
フィッシャーの問いの意図が、カーミットは一瞬わからなかったらしい。怪訝な顔をし
てみせた。
「死んでしまった仲間ではない。君はレイという人物に関して、後悔はしているけど、葬
りたいとは思っていないんだろう?」
「葬ってしまうと、本当にいなくなったと認識せざるを得ないので。」
逃げ、ですね。とカーミットは言った。
「君が花を添えたいのは、殺してしまった相手にじゃないのか?」
「ええ、そうです。」
「君は、いったい何を殺したんだ?」
「敵、ですよ。」
カーミットは言った。
そして、フィッシャーはカーミットを追うことになった。
終
一応、完結です。続きはSALADBOWL本編にて。夏ころには、書き直し1冊目が出ると思うのですが。