第一話
ルーサー・フィッシャーが、マイケル・カーミットに対して抱いた第一印象は、"典型的
な軍人"だった。短く刈り込まれた金髪に、着こなされた制服、6フィートの長身、折り目
正しい対応、ジャーナリストを敵視しているところも典型的だと思った。もちろん、ジャ
ーナリストを敵視して いるというのは、フィッシャーが抱いた印象にすぎないことも、フ
ィッシャー自身良くわかっていた。
ともかくカーミットは、フィッシャーの取材に対して便宜を図るように上官に言われて
きたため、フィッシャーが軍にとって都合のよくないであろうことを調べだすと、必ず強
い口調で止めた。
「それは、許可が下りていません。」
理由を聞いても許可が無いの一点張りで、けっして融通を利かせることはなかった。だ
が、 けっしてフィッシャーはカーミットが嫌いではない。
ばかみたいに冷え込むシカゴから、今度はばかみたいに蒸し暑い東南アジアの前線基地
までやってきたのには特に理由はない。ピュリッツァー賞を狙うような柄でもないし、寒
いのより暑い方が得意なわけではない。単純に興味があったといえば、カーミットは怒り
そうだが、それが一番近い。なんといっても前線はネタに困らない。
「君は、どうやって余暇を過ごしているんだ?」
兵士達の日常を聞くために、手始めにカーミットにそう聞いてみた。
「あ、そうか。どうしよう。」
カーミットは、呆然としたように言った。後で聞いたところによると、彼はそのとき部
隊の再編中で、所属も任務もなく思わぬ長期休暇中だったそうだ。彼の所属していた部隊は、
前の任務で彼を含め3人が生き残っただけで、いわゆる壊滅状態だった。
「周りの奴らは、地獄だって言うよ。」
「君はそう思わないのか?」
「俺は、地獄なんて見たこと無いからたとえられませんね。」
まるで、自分が言ったような言葉だとフィッシャーは思った。
フィッシャーがカーミットに会ったのは、本当の前線から一歩引いた後方支援基地だっ
た。 街にも近く、兵士達の大半は、休暇中は街に出てあまりおおっぴらに言えないような
遊びをしていた。 街の住人も心得たもので、兵士達の給料日になると物価が急上昇する。
フィッシャーは基地内のプレス用の寮に詰めていたが、街で泊まることもしばしばだった。
兵士達の日常を知るためには、夜の街は格好の材料だった。粗野な言葉、安っぽい酒、 非
合法であるはずの娼婦、ぼろぼろになったカード、…麻薬。教育上よろしくないと一から
げにされるようなものが街にはあふれていた。
「映画館だってある。本屋だって。図書館もあるさ。」
カーミットはそう言った。そういえば、カーミットの友人、例の壊滅状態になった部隊
で一緒だった、のジョシュア・キーツはよく本を読んでいた。キーツは、下士官にしてはめずらしい、
大学出のインテリで、ヒスパニック系の容姿を持つ物静かな青年だった。例の部隊のもう一
人の生き残りは、アキラ・シキベという皮肉屋の日本人だった。彼らは歳がほぼ同じで、同じ部隊
にいたためか良く三人一緒にいた。
ただ基地内の案内をしてくれた、それだけならば、特にカーミットと言う人間に対し
て、フィッシャーは興味を抱くことは無かっただろう。フィッシャーがカーミットを5年
にわたって追わせることになる発端は、フィッシャーがはじめてカーミットに会って2週
間ほどたったころ、街で起こった事件だった。
けんかの挙句か、兵士が一人殺された。冷たくなって路上に倒れていたところを、朝に
なって街の住人に発見されたと聞いて、フィッシャーはすぐに記事にするべく飛んでいっ
た。薄暗い露地に、死体はまだあった。カメラのファインダーごしに、ぼんやりと光るよ
うな白い塊がぽつぽつと見えた。それは、白い大ぶりの花だった。シャッターを切って初
めて、死骸のまわりに花が散っているのに気が付いた。
死骸から目を上げるとカーミットと目が合った。
「あの花はなんだったんだろう。」
慌ただしく遺体が回収されるのを目の端にとらえながらフィッシャーは、 カーミットに
歩きながら聞いてみた。
「手向けじゃないですか。」
カーミットはどこかぼんやりした様子だったが、そう答えた。
「手向けだとしたら、誰が?」
「殺した奴が。」
「殺してごめんね?」
フィッシャーの物言いに、カーミットは苦笑して見せた。フィッシャーは、更に質問を
しようと口を開いた。
「軍曹は…、」
「あ。すみません後で。」
用があったのか、上官の姿を認めるとカーミットはフィッシャーに会釈して小走りに立
ち去った。 一瞬の後には、フィッシャー自身もカーミットに何を聞こうとしたのか忘れて
いた。 だが、大事なことであったような気がする。…少なくともカーミットと言う人間を
知るためには。
続く