第三話
アキラ・シキベは日本人らしくない日本人だったと思う。少なくとも、日本人はへらへ
ら笑ってばかりいるという話を信じるならだ。彼は、とにかく愛想がなかった。キーツは
明確にフィッシャーを嫌ったようだが、シキベは別にフィッシャーを嫌ったわけではない
らしい。フィッシャーは彼が笑ったのを見たことが無いだけだ。外見には、日本人らしか
らぬ特長というのはなかったと思う。硬そうな髪の色が少し茶色がかっていたことと、眼
が三白眼気味だったことが、強いていえば特徴であったかもしれない。
「奴が何で死んだかって?間抜けだからだろ。この辺にいる奴らはみんな血の気が多いん
だ。怒らせるようなことを言えば、ケンカになるし、当たり所が悪ければ死ぬ。」
「確かに。そうだね。じゃあ、殺した後に犯人はどう思ったと思う?」
「しまった。と思ったんじゃないか?殺人を犯せば処罰は免れないしな。」
この日本人は、人間の善意を信じていないふりをしているらしい。
「殺人は罪になるわけだ。じゃあ、戦争はどうなると思うんだい?」
やな人だなあんた。とシキベはあきれたように腰に手を当て、息を吐いた。作業中だっ
た彼はタンクトップ姿で上着を腰に巻いていたが、ついでにその上着を巻き直した。
「戦争も罪になるさ。本当はね。結局、勝ったほうも代償は支払うんだ。」
「勝ったほうにも良心の呵責があるということかな。」
「そういうことであって欲しいね。」
シキベは作業をあきらめたらしく、軍手をはいだ。
「で、君だったら、その間抜けな奴に散らされていた花をどう思う?」
「花ねぇ。手向けだと言ったら、あんたが違うと言ったんだって?ジェシーが言っていた
よ。」
キーツはインタビューの内容を友人に話したのだろう。
「違うとは言ってないつもりだったが。」
「あんたも手向けだと思っているんだろ。結局。」
「そうかな。」
カーミットに感化されたのかも知れない。
「でも、そいつは結局、葬られる時にちゃんと花をそえて…ジョウブツ、英語だとなんて
いうんだ?昇天でいいのか?してくれって祈ってもらえるんだよな。そう言った意味じ
ゃラッキーだ。」
フィッシャーは彼らが仲間を一辺に無くしたことを思い出した。彼らの仲間の死体は帰
ってきていないらしい。
レイについても聞いてみた。
「目のでっかい奴でね。」
シキベはいきなりそう言った。それが一番印象深いらしい。
「隠し事の通じなさそうな目をしていたんだよ。強い奴だ。」
「強い?16歳のこどもが?」
16歳になった“レイ”は7ヶ月前に正式に軍属になって伍長になっていた。だが、ほ
かの軍人達に比べると16歳はずいぶん小さいように見える。
「強いよ。」
「なのに死んだ?」
シキベは少し困ったように見えた。
「運ってのがあるんだ。世の中には。レイのことだったらミックに聞けよ。」
「これから聞こうと思っているんだけどね。」
レイ・カーミットという人物は、年相応に子供だったらしい。カーミットに良く懐いて
いて、どこへ行くにも一緒だった。カーミットは彼に本を与え、読み書きを教えた。もっ
とも、拾った時に既に英語の読み書きはできたらしい。スペイン語もわかっていたんじゃ
ないかな、とはキーツの言った事だ。黒髪黒目の東洋系の姿をしていたが、東洋の言葉は
ほとんどわからなかったそうだ。
別の人間に聞くと、彼は悪魔のような奴だという返事が返ってきた。逃げようとした敵
をあっという間にほふった様は伝説になっているらしい。反射神経がずば抜けていて、組
み手をやらせると逃げてしまって勝負にならなかったそうだ。
ともかく、カーミットは彼を実の弟のように可愛がっていたという話だった。話を良く
聞くと、カーミットが彼を拾ったのは、この近辺ではなく南米だったという。カーミット
とともに東南アジアにやってきたのだ。
「彼は他の隊員が死んでも生き残ると思ったよ。」
チェという韓国系カナダ人の青年はそう言った。
「カーミットが殺させないだろうとも思ったしね。自分を犠牲にしてもレイ守るだろうと
思ったね。」
「そういうつもりでした。」
後日、フィッシャーはカーミットに直接聞いてみた。
「でも、できなかった。あの時は本当にひどくて、あっという間にみんな死んだんです。」
その時の恐怖をカーミットはいまだ生々しく覚えているようだ。
「怖い、ですよ。そりゃ。さっきまで動いて話していた人間があっという間に物になって
いくんです。」
「逃げるのが精一杯だった?」
「そうです。あとでなんとか認識票だけは回収できました。あのポイントは今ゲリラの勢
力圏内のど真ん中なので、死体の回収はあと数年は無理そうです。」
さっきの恐怖をぬぐったのか、カーミットは今度は人事のように答えた。
「花があったら、戦死した子に添えてきた?」
「…。そうですね、花はあったんです。野生のが。でも、花なんかを置いたらその痕跡で
俺たちがいつどこにいたのか敵にばれちゃうんで、できません。」
「花一本でも?」
「枯れ具合とか、どの種類でどこに生えてるかとかで分かっちゃうんですよ。あのルート
を、何時間前に通ったなというのが。」
「怖い話だ。」
フィッシャーは身震いした。周り中全部のものが、自分の命を狙ってるも同然な状況な
のだと思った。もっとも、本当に彼らが感じた恐怖が分かったと言ったら、それは嘘だろ
う。
「君は、レイを守れなかったことを悔やんでいるのか?」
「そうですね。」
カーミットはフィッシャーから目をそらした。
「もっと他にやりようがあったような気がします。」
続く